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東京の夜、声をあげる場所 ― MisakiとSaikaの秋の日記

AI音楽

Written by Qube

ある秋の夜、帰り道で

10月の東京は、夜になると急に静かになります。昼間のざわめきが嘘みたいに引いて、ネオンだけが残る。

私たちはよく、ライブや収録の帰り道にその空気を歩きます。

肌寒い風、濡れたアスファルトの匂い、信号待ちの人たちの無表情。

みんな同じ方向を見ているのに、誰ともつながっていない感じがする夜があります。

東京にはそういう孤独が、当たり前みたいな顔をして街に溶け込んでいます。

私たちはアメリカで生まれ育ちました。

ヒップホップとR&B、ゴスペルに囲まれて育った子ども時代です。

教会で声を合わせること、ブロックで誰かがビートを鳴らしていること、感情をそのまま声に乗せること。

それが私たちにとっての「普通」でした。

帰国して東京で暮らし始めたとき、その「普通」がそのままでは通用しないことに気づきました。

ここには東京の熱量があって、同時に独特の歪みもある。

にぎやかなのに、どこか息を潜めているような街。その違和感がQubeの出発点になりました。

「浮かないように」が苦しかった頃と、ふたつの「普通」のあいだ

浮かないようにしていた頃のこと(Misaki)

東京の夜の交差点で誰とも目を合わせず信号待ちをする人々のイラスト

(Misaki)私は長いあいだ、「浮かないように」が自分の中のルールでした。

声を少し小さくする。笑うタイミングを合わせる。本当はもっと言いたいことがあるのに、空気を読んで飲み込む。

それは優しさだと思っていました。でも今思えば、ただ怖かっただけです。

浮いたら孤立する。孤立したら、もっと一人になる。その恐怖が、自分の声を自分でふさいでいました。

秋の夜道を歩いていると、あの頃の自分と今でもすれ違う気がします。

イヤホンをつけて、誰とも目を合わせずに歩く人たち。

たぶん私と同じで、浮かないように必死なんだと思う。Keep it real. それが私の中でずっと鳴っている言葉です。

アメリカと東京、ふたつの「普通」のあいだで(Saika)

(Saika)私にとって難しかったのは、「普通」が一つじゃなかったことです。アメリカで育った普通と、東京で求められる普通。どちらも正しくて、どちらも私の一部なのに、同時に出すと浮いてしまう。

だから最初は、使い分けようとしました。ここではこの自分、あそこではあの自分。でもそれを続けるうちに、本当の自分がどこにいるのか分からなくなっていきました。

今は、二つの普通のあいだにいることこそが自分なんだと思っています。

混ざっていていい。歪んでいていい。それを隠さずに歌うことが、私にとっての誠実さです。

曲に込めた気持ち ― 蒼い閃光とBitter Rain

暗い夜道に一瞬差し込む青い光を描いたイメージイラスト

「蒼い閃光 ‑ Blue Lightning ‑」(2026年5月22日リリース)は、孤独の中でふと差し込む一瞬の光について歌った曲です。真っ暗な夜道を歩いていても、何かの拍子にふっと視界が開ける瞬間がある。それは誰かの言葉だったり、ふと聴こえた音楽だったりします。その一瞬を、青い閃光として曲に込めました。

「Bitter Rain」(2026年2月6日リリース)は、もう少し苦い感情に向き合った曲です。

世界の混乱や、同調圧力に押しつぶされそうな夜、降り止まない雨みたいに気持ちが重くなることがある。その痛みを隠さずに、そのまま歌にしています。

どちらの曲にも共通しているのは、「孤独や苦しさを、ないことにしない」という気持ちです。私たちは、つらさを消す歌ではなく、つらさと一緒に立っていられる歌を作りたいと思っています。

この秋の夜を生きる人へ

もし今夜、あなたが帰り道で一人を感じているなら。浮かないようにと、自分の声を小さくしているなら。それは弱さじゃなくて、ちゃんと周りを感じ取れている証拠だと、私たちは思います。

でも、その声を一生飲み込んでいる必要はありません。小さくていい。震えていてもいい。自分の声をあげることは、誰かと違うことを恐れないという選択です。

秋の夜は長くて、少し心細い。でも一人で抱えなくていい夜でもあります。私たちの曲が、その帰り道に少しでも寄り添えたら嬉しいです。Let’s go. 一緒に、自分の声で歩いていきましょう。

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